大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)2号 判決

原告 石毛元治郎

被告 特許庁長官

一、主  文

昭和二十七年抗告審判第一二〇六号事件につき特許庁が昭和二十七年十二月十九日になした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は「東薫」なる文字を縦書して成る商標につき第三十八類日本酒類及びその模造品を指定商品として昭和二十七年三月三日特許庁に対し商標登録の出願をしたところ、同年十月十一日に拒絶査定を受けたので、同年十一月十八日特許庁に対し抗告審判の請求をし同事件は特許庁昭和二十七年抗告審判第一二〇六号事件として審理された上同年十二月十日右抗告審判請求は成り立たない旨の審決がなされ、その審決は同月二十八日原告に送達された。

而して右審決の理由の要旨は原告の右商標と第三十八類清酒を指定商品とする「東薫」なる文字を縦書して成る登録第一〇五一九八号商標(大正八年七月十日登録、昭和十四年二月三日商標権の存続期間の更新登録)とを比較した上両者は外観に於て相違しているが、共に「とうくん」という称呼を以て取引されることが自然であることは商取引界の実状に照らし明白であり外観上及び観念上に於て両者は同一であるということはできないけれども、両者は称呼上相紛わしく従つて類似の商標ということができるというにある。

然しながら、(一)商標の称呼は取引上用いる称呼であるべきものであるところ、酒の商標は意味が直ちに判る読み方をすることが酒の取引者需要者の慣行であつて、右慣行に従えば原告の商標「東薫」からは「あずまかおり」なる称呼が、又右登録第一〇五一九八号商標「東勲」からは「あずまいさお」なる称呼が各生ずるが、「とうくん」なる称呼は右いずれの商標からも生じない。この事は、曾て特許局が大正十二年六月十五日に右「東薫」と同一文字商標に付原告のなした登録出願を前記登録第一〇五一九八号商標が当時存したにかかわらずその登録を許容している事実に徴しても明らかである(この登録商標については、原告において存続期間の更新手続を怠つたがため、昭和十八年六月十五日期間満了に因り権利が消滅するにいたつたので更に本件商標の出願をしたのである)。しかるに、審決が前記の理由の下に原告の商標と登録第一〇五一九八号商標とが称呼上相紛らわしきが故に類似商標であるとして原告の抗告審判請求を排斥したのは独断に基いたものであり、事実を誤認し且商標法の解釈を誤つた違法あるものである。(二)仮に右「東薫」を「とうくん」と称呼すべきものとしても、これと登録第一〇五一九八号商標「東勲」とは外観及び観念において、甚だしく相違しており、且原告は我が国有数の酒造家であつてその酒名「東薫」は多年宣伝使用の結果著名商標となつているから、右「東薫」とは混同誤認の虞は全然なく、従つて両者は類似商標と解することができない。

よつて原告は審決の取消を求めるため本訴に及んだと述べ、なお本件商標と審決引用の商標とは観念上においても類似であるから類似の商標であるとの被告の主張を否認すると附陳した(立証省略)。

被告指定代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として原告主張事実中原告がその主張の日にその主張の指定商品につきその主張通りの商標の登録出願を特許庁に対してなし原告主張の日にその拒絶査定があつたこと原告がこれに対し原告主張通り抗告審判の請求をし、同事件が特許庁昭和二十七年抗告審判第一二〇六号事件として審理された上原告主張の日にその主張通りの審決があり、且その送達があつたこと、右審決の理由の要旨が原告主張の通りであること、及び本件商標と審決引用の商標とは外観上非類似のものであること、はいずれも認めるけれども、その余の事実は否認する。本件における商標「東薫」の称呼は必ずしも原告の主張するように「あずまかおり」に限るということができないのであつて一部地方ではそのように称呼されるかも知れないが全国的に見るとき又取引の実態の変遷一般需要者の範囲からいつて、これを簡略に漢字音読して「とうくん」と称呼するのが取引の迅速簡略を貴ぶ取引界の実状に照し自然である。原告の商標は「東薫」の隷書体文字を縦書したものであり、又登録第一〇五一九八号商標は「東勲」と隷書体文字を縦書したものであつて、両者はその外観上に於て類似とすべき範囲を脱している差異があるものといえるが、称呼上から見れば前者からは「あずまかおり」なる称呼が一応生ずる外に「とうくん」なる称呼も生ずるものというべく又後者からは「あずまいさを」なる称呼も一応生ずるが、「とうくん」とも称呼されることは明らかである。従つて両商標は「とうくん」なる称呼に於ては発音上同一であるからこの点で互に類似する商標と認めるべきである。又観念上から見れば称呼を同一にしてなる商標は取引上その観念に於て彼比相紛らわしいものと言うのが相当であり、観念上に於ても互に類似の商標と認めざるを得ないのである。而も両商標は指定商品において互に抵触するものであるから原告の商標法第二条第一項第九号所定の他人の登録商標と同一又は類似にして同一又は類似の商品に使用するものに該当し、審決が原告の出願を拒否したのは現時の社会状勢下に於て最も公平妥当なものであり、原告主張のような違法の点はない。従つてその取消を求める原告の本訴請求は失当であると述べた(立証省略)。

三、理  由

原告がその主張の商標「東薫」につき第三十八類日本酒類及びその模造品を指定商品として昭和二十七年三月三日特許庁に対し商標登録出願をしたところ同年十月十一日に拒絶査定があつたこと、原告が之に対し同年十一月十一日特許庁に抗告審判の請求をし同事件が特許庁昭和二十七年抗告審判第一二〇六号事件として審理された上同年十二月十日右抗告審判請求が成り立たない旨の審決がされたこと、右審決の理由の要旨が原告主張通りであること及び本件商標と審決引用の商標とは外観上非類似のものであることは、当事者間に争のないところである。甲第一号証によれば原告の右商標はひげ文字風の楷書体で「東薫」の二字を縦書したものであることを、又成立に争のない乙第一号証及び甲第三号証によれば右審決に引用された登録第一〇五一九八号商標は一部にひげのあるやや崩した楷書体を以て「東勲」の二字を縦書したものであり、第三十八類日本清酒を指定商品として大正八年七月十日に登録、昭和十四年二月三日商標権存続期間の更新登録がなされたものであることを、夫々認めることができ、この認定を左右するに足る資料は存しない。

よつて、右両商標は称呼上類似しているかどうかについて考えるに、商標の称呼は取引上において自然に生ずるところの通常用いられる称呼によつてなさるべきものと解すべきところ、本件についてこれをみるに、証人鈴木佐兵衛、同太田秀治の各証言によれば、酒の商標に「東」の字を用いてある場合にはこれを「あずま」と訓読し、「とう」と音読しないのが通例であり、又文字による酒の商標は、その味、色、香り等を髣髴させるような称呼をすることが酒類の醸造家は勿論、酒の取引者、需要者間における一般のいいならわしになつている事実を認め得べく、また原告が本件商標と同一文字を右より左へ横書して成る商標につき大正十一年十月二十三日登録の出願をしたところ、当時審決引用の「東勲」の文字より成る登録第一〇五一九八号商標が存在していたにもかかわらず、特許局が所定の手続を経た上、大正十二年六月十五日第一五三五四二号をもつて登録したことは成立に争のない甲第二号証の一、二、同第三号証によつて明らかであるから、反対の証拠なきかぎり当時右両商標の取引上における自然の称呼は前者は「あずまかおり」、後者は「あずまいさを」であつたものと断ずべきである。なんとなれば両商標が共に「とうくん」といわれるのが自然だとされていたとすれば称呼上類似として登録は拒否されたであろうと解するを相当とするからである。而して右両商標の使用について現在に至るまで商品の混同誤認を生じたと見るべきなんらの証拠のあらわれない本件においては右登録当時の取引界の右実情はなお続いているものとなすを相当とする以上認定した事実に基いて考えると、本件商標は取引上「あずまかおり」、審決引用の登録第一〇五一九八号商標は「あずまいさお」、と称呼されるのが自然であるというべきである。

被告は両商標は全国的に見るとき、又取引の実際の変遷、一般需要者の範囲からいつて、両商標はこれを簡略に「とうくん」と音読することが取引の迅速簡略を貴ぶ取引界の実情に照らし自然である旨抗争する。なるほど「東薫」の文字を音読すれば「とうくん」という称呼となることは否定できないけれども、前記認定の事実に照らし「とうくん」なる音読が特に酒の取引界の実状に合致しているものとは解し難く、その他前記認定を覆えし右被告主張事実を肯認せしめるに足る何等の資料も存しない。しからば右両商標は称呼を同じくするものではないのは勿論、称呼上互に相紛らわしいものでもない。

次に両商標は観念上類似しているかどうかについて考えるに、両商標はその構成に照らしその全体としての意義を同じくするものとは解し難いから、観念上においても両者は相類似していないものと解すべきである。被告は、両商標はその称呼が同一であるところ称呼を同一にしてなる商標は取引上その観念において相紛らわしいから両商標はその観念上においても互に類似のものである旨抗争するけれども、前記両商標は類似のものでないこと前記認定の通りであるからその称呼上同一又は類似のものであることを前提とする右主張は採用し得ない。

しからば両商標は、称呼観念及び外観において互に同一又は類似のものではなく、従つて両者は非類似の商標なるにかかわらず、審決は、両者は称呼上相紛らわしいから類似のものであるとして原告の本件商標登録出願を拒否した審決は失当であつて、その取消を求める本訴請求は正当であるからこれを認容し、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 小堀保 原増司 高井常太郎)

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